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川崎市麻生区の介護相談・訪問介護・看護なら「ねこの手」

お知らせ

INFORMATION

指定通知書が届いた日。喜びが「真っ白」に消えた、突然の知らせ。

2025年7月2日。 郵便ポストの中に、待ちに待った一通の封筒を見つけました。 「介護保険事業所指定通知書」

ついに、「ねこの手」の居宅介護支援事業所と訪問介護事業所が正式に認められたのです。込み上げる喜びを噛み締めようとした……まさにその瞬間でした。

私のスマートフォンに、弟から震える声で連絡が入りました。父が脳梗塞で倒れたためです。父に親孝行したい。私がケアマネとして、これからの父の人生を支えたい。 そう思って介護事業所の指定申請をすませると同時に父親の介護認定の申請をしました。 しかし、認定調査が終わり、さあこれからだというまさにその日の夜。 父は倒れ、救急車で運ばれ、そのまま病院の人となってしまいました

「父が脳梗塞で倒れた」

病院へ駆けつける道中、私の手には先ほど届いたばかりの指定通知書が握られていました。 本来なら、人生で最も輝かしく、誇らしいはずの「認可」の知らせ。しかし、私の目にはその通知書が、ただの「真っ白な紙」にしか見えませんでした。

喜びの色は一瞬で消え去り、あるのは底知れない不安と動揺だけ。 厚生労働省の役人として日本の福祉を支え、私を介護の道へ導いてくれた父が、今度は「介護される側」としてベッドに横たわっている。

倒れるのが後一日遅ければ、きっと指定通知を見て喜んでくれただろうに。

皮肉なもので、誰かのために、世の中のために、と始めた仕事なのに、一番身近な親の介護の相談に乗ることはできませんでした。 父の役に立ちたかった。親孝行させて欲しかった。そんな気持ちが、今も胸の奥にあります。 父は生前、お前の世話にはならないよと話していましたが、その言葉通り介護申請の結果を待つことも、サービスを受けることも、指定通知の連絡を聞くこともなく、僕から逃げるように入院となりました。

ケアマネジャーとして25年、何千という家庭の危機に立ち会ってきたプロであるはずの私が、自分の親のことになると、これほどまでに無力で、震えることしかできないのか。

通知書を握りしめながら病室の外で立ち尽くしたあの時間は、私がこれから提供していくサービスの「本当の重み」を、父が身をもって教えてくれた時間だったのだと思います。

「ねこの手」は、こうして私の人生で最もドラマチックで、最も過酷な日と共に産声を上げました。 この日感じた「目の前が真っ白になるような不安」を、私は一生忘れません。その痛みを知るケアマネジャーとして、私は皆さまの元へ伺います。